技術・製品だけでなく「経営の意思決定」を軸に、1976年から2011年までの流れを一本のフローで。
Apple I / II をほぼ独力で設計。製品の中身そのもの。
製品化・販売・資金調達に奔走。ただし当時21歳、経営経験ゼロ。
元Intelの投資家。約25万ドルを出資し、事業計画の作成と「大人の経営」を持ち込んだ。初代CEOマイケル・スコットの招聘も主導。ジョブズ本人が後年「Appleはウォズと私とマークラの3人で作った」と語った人物。
1956年のFord以来最大規模のIPOと言われ、一夜にして300人以上の百万長者を生んだ。潤沢な資金がMacintosh開発を支える一方、株主・取締役会という「ジョブズを縛る力」もここで生まれた。
ジョブズ自らの口説き文句「一生砂糖水を売り続けるのか、それとも世界を変えたいのか」で招聘。マーケティングのプロを迎えた判断自体は合理的だった。
Macintoshの販売不振をめぐりスカリーと対立。取締役会はスカリーを支持し、ジョブズは全役職を解かれAppleを去る。同時期にウォズも「会社が官僚化した」として第一線を退いた。
1981年の自家用機事故以降、経営から距離を置き、1985年に正式退社。ただし今日まで名誉社員として在籍し続けている。
経営トップが交代しても、業績は回復しなかった。製品ラインは350種類以上に膨張し、顧客も社員も「どれを買えば/作ればいいのか」分からない状態に。Mac互換機ライセンス戦略も自社売上を食うだけに終わった。
プライドより資金繰り。Office for Macの継続開発も約束させ、市場の「Apple消滅」観測を止めた。
有名な2×2マトリクス。「何をやらないか」を決めることが経営、を体現した意思決定。
在庫を数ヶ月分から数日分へ圧縮し、自社工場を売却してサプライチェーンを再設計。「オペレーションの天才」が製品の天才を裏で支える体制が完成。
復帰後初のヒット。デザイン経営の狼煙。
直営小売で顧客体験を自社支配。当初は「必ず失敗する」と酷評された。
「Macの会社」から脱皮する布石。
ハード×ソフト×コンテンツの垂直統合が完成。
「電話の再発明」。ただし経営的な本当の発明はその翌年に来る。
世界中の開発者を「無給の製品開発部隊」に変え、売上の30%を得るプラットフォームビジネスを確立。ハードを売って終わりの商売から、売った後も収益が積み上がる構造へ。iPhoneが「世界を変えた」最大の経営的理由はここにある。
ジョブズ死去(2011年10月)後、「発明の会社」を「発明を最大収益化する会社」へ進化させた。2018年に米国企業初の時価総額1兆ドル、その後3兆ドルを突破。サービス部門(App Store・iCloud・Apple Music等)が第二の柱に成長。
単位:10億ドル(会計年度・概数)。棒の数字=売上、「利」=営業利益。
※数値は直近の通期決算に基づく概数です。最新の情報は各社の開示資料をご確認ください。
ここからは一段深く。競合との攻防、有名な逸話、日本市場との関係を掘り下げます。
GUIで先行しながらライセンス開放戦略のWindowsにシェアで惨敗。だが2010年、iPhoneの力で時価総額を逆転し、30年越しのリベンジを果たした。
iPhone登場時、Nokiaは携帯電話で世界シェア約4割を占めるトップ企業だった。タッチ操作のスマートフォンへの移行が数年で一気に進み、業界の勢力図は大きく入れ替わる。「破壊的イノベーション」を説明する際の代表的な事例として語られる。
台数シェアはAndroid約7割・iPhone約3割。しかしスマホ業界全体の利益の大半をAppleが1社で持っていくと言われる。「シェアではなく利益を獲る」戦略の完成形。
スマホでは最大のライバル、部品(有機EL等)では最重要サプライヤー。世紀の特許訴訟を戦いながら取引は継続する、現代的な「フレネミー」関係。
Microsoft出資の発表はボストンのMacworld。スクリーンに中継で映し出されたゲイツの姿に会場はざわめいたが、ジョブズは「Appleが勝つためにMicrosoftが負ける必要はない」と観衆を諭した。プライドより会社の生存を取った瞬間として語り継がれる。
極秘計画「Project Purple」では、iPodを電話化する案(ファデル陣営)とMac OS Xを小型化する案(フォーストール陣営)を社内で競わせた。勝ったのは後者。この「OSを載せる」決断があったから、後のApp Storeが可能になった。
他社アプリはiPhoneの品質を壊すとして「Webアプリで十分」と突っぱねていたのは、他ならぬジョブズ本人。役員たちの説得で翻意し、結果として最大の収益源が生まれた。天才の judgment も組織が補正した好例。
2008年、孫正義がジョブズに直談判して国内独占販売権を獲得(当時ソフトバンクは携帯3位)。以後日本はiPhoneシェア約半数という世界有数の「iPhone大国」に。2003年の銀座店は米国外初のApple Storeで、ソニー・村田製作所・TDKなど日本の部品メーカーはiPhoneの中身を支え続けている。
ウォズ(技術)とジョブズ(ビジョン)だけでは足りず、マークラ(資金・経営)が加わって初めて会社になった。社労士的に言えば、創業期から「経営管理の大人」を入れた企業は強い。
スカリー招聘は合理的判断だったが、創業者との権限設計を誤り追放劇に発展。ガバナンス設計の失敗例として今も引用される。
350超→4製品への絞り込みが復活の起点。売上を増やす前に、赤字の源を切る。
ジョブズの製品力はクックの在庫・サプライチェーン改革があって初めて利益になった。iPhoneの世界制覇は、製品開発と同じくらいオペレーション経営の勝利でもある。
iPhone単体ではなくApp Store=プラットフォーム化が世界を変えた。1976年のウォズの回路から、2008年のアプリ経済まで、一本の因果でつながっている。