豆の小売店を「第三の場所」に変えた着想と、人への投資を収益に変えた経営を一本のフローで。
創業時のスターバックスは焙煎豆と器具を売る店で、店内で飲むコーヒーは提供していなかった。品質へのこだわりは強かったが、あくまで「物販業」。
出張先のミラノで、エスプレッソバールが地域の社交場になっている光景に衝撃を受ける。「アメリカに家庭でも職場でもない“第三の場所”を作れる」と確信した。
「うちは豆屋だ」とバール構想は却下され、シュルツは1985年に独立して自分のカフェを創業。ジョブズが一度アップルを離れたのと同じく、ビジョンの持ち主が一度会社を出る展開に。
投資家から資金を集め、古巣スターバックスを約380万ドルで買収。豆屋の看板とブランドの下で、カフェ業態への転換が始まる。
週20時間以上働く従業員全員に医療保険を提供。父親が労災で職を失った原体験から、シュルツが最優先で導入した施策。離職率の低下が接客品質に直結した。
ストックオプション制度「Bean Stock」をパートにも付与。従業員が会社の成長の受益者になる設計で、「やらされ仕事」の接客と一線を画した。
IPOで得た資金を出店に投下し、全米展開が加速。ここから約10年で店舗数は爆発的に増える。
体験品質を守るため直営を基本に(海外はライセンス活用)。マクドナルドと真逆の選択。
北米外初の店舗は日本。禁煙カフェという当時の非常識が新鮮さになった。
店の内装・音楽・香り・カップに名前を書く接客まで含めて設計。コーヒー1杯の原価ではなく、そこで過ごす時間に値付けをした。プレミアム価格でも行列ができる理由はここにある。
急拡大の中で効率を優先し、店の香り・挽きたての演出・接客の質が劣化。既存店売上が落ち、金融危機も直撃して株価は大幅下落。シュルツ自身がメモで「体験の陳腐化」を痛烈に警告した。
2008年2月、営業を止めてバリスタ全員にエスプレッソの淹れ方を再教育。数百万ドルの売上を捨てて「体験こそ商品」というメッセージを社内外に示した。不採算約600店の閉鎖も断行。
モバイルオーダー&ペイとリワード制度で顧客データとプリペイド残高を握る。アプリ残高は小さな銀行並みと言われる規模になり、来店頻度を押し上げた。
単位:10億ドル(9月期・概数)。棒の数字=売上、「利」=営業利益。
※数値は直近の通期決算に基づく概数です。最新の情報は各社の開示資料をご確認ください。
ここからは一段深く。競合との攻防、有名な逸話、日本市場との関係を掘り下げます。
安く速いダンキンに対し、スタバは滞在価値で差別化。通勤客の「実用」需要では負けても、単価と客の滞在時間で勝つという棲み分けが確立した。
アプリ完結・持ち帰り特化・低価格のラッキンが急拡大し、中国の店舗数でスタバを逆転。「第三の場所」モデルが初めて構造的に敗れつつある市場として、世界中の小売関係者が注視している。
2013年のセブンカフェ登場は「コーヒー市場の破壊」と騒がれたが、実際は市場全体が拡大しスタバも成長。低価格帯の裾野が広がるとプレミアム帯も伸びる、という反直感的な結果になった。
会長だったシュルツが経営陣に送った内部メモ「スターバックス体験の陳腐化」が流出。自動エスプレッソマシンで香りが消え、効率化が魂を殺したと自社を痛烈に批判する内容で、翌年の復帰と大改革の予告編になった。
店舗での接客対応をめぐる問題を機に、全米の直営店を半日閉鎖して多様性と包摂に関する研修を実施。売上を捨てて価値観を示す対応は、2008年の7,100店閉鎖と同じ「らしさ」の発露として世界的ニュースになった。
Starbucksは『白鯨』の一等航海士スターバックに由来し、ロゴのセイレーンも海の神話から。コーヒー豆の「航海」のロマンをブランドに織り込んだ命名で、ストーリーテリング経営の原点と言える。
1996年、サザビーとの合弁で銀座に北米外世界1号店を開店。「全席禁煙のカフェ」は当時の非常識だったが、それが新しさになった。2015年に最後の鳥取県へ出店し47都道府県制覇。地域限定フラペチーノや地元デザインの店舗(京都二寧坂の町家店など)は、日本発の施策として海外にも影響を与えている。
コーヒーはあくまで入場券。「第三の場所」という概念の発明が、原価数十円の飲み物に数百円払う理由を作った。
創業者ではなく途中入社のシュルツが会社の本質を再定義した。Appleのジョブズ退社→復帰と同じ「ビジョン保持者の出戻り」型。
パート含む健康保険とストックオプションで離職率を下げ、接客品質=体験品質を守った。広告費をほぼ使わず成長できた理由でもある。労務施策がそのまま経営戦略になった稀有な例。
直営中心はコストが重いが、品質統制を優先した。何をスケールさせたいかでマクドナルド型(仕組み)とスタバ型(体験)は分かれる。
7,100店一斉休業は損益計算では説明できない決断だが、ブランドの核を再起動させた。再建はコスト削減だけでは完成しない。