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マニュアル

仕様書のつくり方

依頼を受けた直後に開く1冊です。相手の頭の中にある要件を引き出し、他人が読んで作業できる形に落とすまでを扱います。仕様書が無ければ、作業を分けることも、AIに任せることもできません。すべてはここから始まります。

開く時依頼を受けた直後 読了目安20分 次に読む分割並列型の教材 第4章

SECTION 01仕様書とは何か

定義 仕様書とは、その場にいない人が読んで作業できる文書です。

依頼者にも、自分にも、質問できない状態で読まれることを前提に書きます。

形式ではなく、性質で判定してください。次の4つを満たしていれば、章立てが何であっても仕様書として機能します。逆に1つ欠けると、読んだ人がそこで止まるか、自分で埋めて進みます。後者のほうが危険です。

性質満たしていない状態
① 完了条件が、他人に判定できる形で書いてある「使いやすくなっている」のように、書いた本人にしか判定できない
② 担当ごとに切り分けられる構造になっている全体が1つの塊で、どこからどこまでを誰が担当するか決められない
③ 決まっていないことが、未決として明示されている未決が空欄になっている。または決まった風に書かれている
④ 前提と制約に、根拠が書いてある「4月まで」とだけあり、なぜ4月かが分からない

4つのうち最も欠けやすいのは③です。依頼を受けた時点で決まっていないことは必ずあります。それを空欄にすると、読んだ人が自分で埋めます。複数人・複数のAIで作業する場合、各自が違う前提で埋めるため、統合したときに破綻します。

SECTION 02全体の流れ

仕様書ができて初めて、作業を分けるかどうかの判断に進めます。

依頼を受ける 起点 要件を引き出す 依頼者と対話 仕様書を書く 1体で通す 4つの性質で点検する 第9章 確定 → 分けるかどうかの判定へ

仕様書を書く段階は、分割しません。ここで並列にすると、担当ごとに違う前提の仕様書ができます。分割の判断は、仕様書が確定してからです。

所要時間の目安は、案件全体の1割です。3日かかる案件なら3時間程度。これを超える場合は、依頼の範囲が広すぎるか、決まっていないことが多すぎます。どちらも、仕様書を書き続けるのではなく、依頼者に戻すべき状態です。

SECTION 03要件を引き出す:15の質問

依頼は「全体を見直したい」「これをまとめてほしい」の形で来ます。要件は相手の頭の中にあり、多くの場合、相手自身も言語化していません。

次の15問を順に聞きます。全問を一度に聞かないでください。群ごとに区切り、答えを記録してから次に進みます。

実際に口に出す言葉この質問が防ぐこと
群1 目的|なぜやるのか
これをやらなかったら、何が困りますか目的が曖昧なまま、体裁だけ整った成果物ができる
終わったとき、誰の何が変わっていますか成果物の受け手が不明で、粒度が決められない
うまくいったと判断するのは、どなたですか承認者が不在で、いつまでも確定しない
群2 範囲|どこまでやるのか
今回は対象に含めない、と決めているものはありますか範囲が際限なく広がる
似ているけれど、別扱いにするものはありますか担当境界が引けず、分割できない
関係する部署や取引先は、どこまでですか後から関係者が増え、前提が変わる
群3 制約|動かせない条件は何か
動かせない期限や条件はありますか。その根拠は何ですか根拠のない制約に縛られ、無理な設計になる
変えてはいけないもの、触ってはいけないものはありますか取り返しのつかない変更
過去に同じことを試して、うまくいかなかったことはありますか同じ失敗を繰り返す
群4 判定|何ができたら終わりか
できあがったものを、どなたが、何を見て確認しますか完了条件が形容詞になる
これがあったら差し戻し、というものはありますか提出後の大きな手戻り
いつまでに確認できますか確認待ちで作業全体が止まる
群5 未決|まだ決まっていないことは何か
今の時点で、まだ決まっていないことはどれですか決まった風の記述が仕様書に入る
それは、いつ、どなたが決めますか未決が放置され、締切直前に露見する
決まるまで待つべきですか。仮に決めて進めてよいですか作業者が勝手な前提で進める

群5を必ず聞いてください。群1〜4だけで終えると、答えられなかった箇所が空欄になり、それが未決なのか、聞き漏らしなのか、区別できなくなります。群5は「答えられなかったこと」を未決として確定させるための質問です。

相手が答えられないとき

「わからない」「お任せします」と返ってくることがあります。そこで引き下がらず、次の順に試してください。

  1. 選択肢を出す。「AとBなら、どちらが近いですか」。ゼロから考えるより、選ぶほうが答えられます。
  2. 過去の例を出す。「前回の◯◯と同じ形でよいですか」。基準ができると判断できます。
  3. それでも決まらなければ、未決として記録する。「では未決とし、△月△日までに決めていただく形で進めます」と、決定者と期限を確定させます。

3で終えることは失敗ではありません。未決だと分かっている状態は、決まったと誤解している状態よりはるかに安全です。

SECTION 04聞き方のコツ

同じ質問でも、聞き方で得られる情報が変わります。

「〜でよろしいですか」で確認しない

相手は反射的に同意します。とくに相手が忙しいときほど同意率が上がり、後から違ったと分かります。

避ける

「対象は正社員のみでよろしいですか」

こう聞く

「正社員以外を対象に含めるとしたら、どういう場合ですか」

相手の言葉をそのまま記録する

言い換えると意味が変わります。とくに業界用語や社内の呼び名は、こちらの解釈で置き換えないでください。意味が分からない語は、その場で聞いて、聞いた説明ごと記録します。

一度に3問まで

4問以上まとめて聞くと、相手は答えやすいものだけ答えます。答えなかった問いは、聞いていない扱いになって消えます。群ごとに区切るのはこのためです。

「なぜ」は2回まで

3回以上重ねると詰問になります。2回で根拠に届かない場合は、「その決まりは、いつ頃からのものですか」と、時期を聞く形に切り替えてください。制約の根拠が組織の慣習である場合、これで背景まで出てきます。

その場で書いて、その場で見せる

聞いた内容をその場で箇条書きにし、画面か紙で相手に見せます。認識のずれは、文字にした瞬間に見つかります。持ち帰ってから清書すると、ずれたまま確定します。

SECTION 05仕様書の骨格:7項目

業務の種類によらず、この7項目で成立します。業務ごとの中身は、この枠の中に入れてください。

━━ 仕様書 ━━ 1. 目的 なぜやるか/やらないと何が困るか/終わったとき誰の何が変わるか [群1の答えを書く] 2. 対象範囲 含むもの:[列挙する] 含まないもの:[列挙する。空欄にしない] 3. 制約 | 制約 | 根拠 | 決めた人・時期 | [根拠のない制約は、制約として扱わない] 4. 完了条件 [第三者が◯×を付けられる形で列挙する。第7章] 5. 未決事項 | 未決事項 | 決める人 | 期限 | 決まるまでの扱い | [空欄にしない。0件の場合は「0件」と書く。第6章] 6. 参照資料 [ファイル名・版・時点まで書く。「前回の資料」は不可] 7. 用語定義 [この案件で意味が揺れる語だけ。一般用語は入れない]

分量の上限は、担当1つあたり1ページです。3担当に分ける想定なら3ページ。これを超える仕様書は読まれません。超える場合は、範囲が広すぎるか、作業手順まで書き込んでいます。仕様書に手順は書きません。何ができたら終わりかだけを書きます。

2の「含まないもの」を空欄にしない

7項目のうち、最も省略されやすく、最も効く欄です。含まないものが書いていない仕様書は、作業者が範囲を自分で判断します。「今回は触らない」と明記された箇所は、誰も触りません。この1行が、後半の手戻りをまとめて防ぎます。

さらに一歩進めて、やれるがやらない理由を添えてください。理由が無いと、次に読んだ人が「なぜやらなかったのか」を考え、良かれと思って足します。

理由が無い

対象外:多言語対応

理由がある

対象外:多言語対応(対応は可能だが、今回の利用者は日本語のみのため。必要になった時点で別案件とする)

1の「目的」に、承認者を必ず書く

誰が確認して確定させるかを、目的の欄に1行で入れてください。項目を増やすと守られなくなるため、独立した欄にはしません。承認者が書かれていない仕様書は、完成しても確定しません。確認待ちで止まったとき、誰に催促すればよいか分からなくなります。

曖昧語を使わない

次の語は、読んだ人が意味を自分で決めます。とくに「等」「など」は、その中身を作業者が勝手に定義します。

使わない語置き換え方
等、など中身を全部列挙する。列挙できないなら「以下に限る」と書く。それもできないなら、未決事項に移す
原則として、基本的に例外を列挙する。例外が思いつかないなら、この語を削る
必要に応じて、適宜どういう場合かを条件で書く。「◯◯のときは」の形にする
速やかに、可能な限り期限を日数か時間で書く

確定前に、この4組を検索して確認してください。1件も見つからない仕様書は稀です。

SECTION 06未決事項の書き方

この章がこのマニュアルの中心です。

未決を書くとき、内容だけを書いて終わりにしないでください。決まるまでどうするかを、必ず3つのうち1つに決めます。

未決事項 停止する 決まるまで着手しない 仮置きで進める 仮の値を明記する 両方作る 工数が2倍になる どれを選んだかを仕様書に書く

選ばないという選択肢はありません。空欄にすると、作業者が自動的に「仮置きで進める」を選び、しかもその仮の値を書き残しません。

選び方

扱い選ぶ条件
停止するその未決が、他の作業の前提になっている場合。決まらないまま進めると、決まった後に全部やり直しになる
仮置きで進める後から差し替えられる場合。仮の値と、差し替え箇所を明記する
両方作る期限が近く、どちらに決まっても間に合わせる必要がある場合。工数が2倍になるので、他に手がないときだけ

書き方の例

使えない書き方

対象部署について調整中
→ 誰がいつ決めるか不明。読んだ人が待つべきか進むべきか判断できない

使える書き方

対象部署の範囲|決定者:先方の総務部長|期限:3月10日|扱い:仮置きで進める(仮に本社3部署とし、第2章の該当箇所に印を付ける)

未決が0件の仕様書は疑ってください。着手時点で全部決まっていることは、ほぼありません。0件と書かれている場合、聞けていないだけの可能性が高い。第3章の群5を実施したか確認してください。

SECTION 07完了条件の書き方

判定は1つです。第三者が◯×を付けられるか。

自分にしか判定できない完了条件は、完了条件ではありません。作業を任せた相手が「終わりました」と言ってきたとき、その判断が正しいか確認できる形にしてください。

判定できない

使いやすい管理画面になっている

判定できる

管理者が、3クリック以内に対象者を検索して停止できる

判定できない

規程が最新の法令に対応している

判定できる

指定した改正5件それぞれについて、該当条文の新旧対照表が存在する

判定できない

分かりやすい資料になっている

判定できる

対象読者3名に読んでもらい、追加質問なしで内容を説明できる

形容詞が出たら、置き換える

「使いやすい」「分かりやすい」「適切な」「十分な」が出てきたら、そこは未完成です。次の問いで置き換えてください。

3問すべてに答えられない完了条件は、仕様書から外してください。判定できない条件を残すと、そこだけが最後まで確定せず、案件全体の完了が止まります。

「前提・操作・結果」の3点セットで書く

判定できる形をさらに一歩進めると、そのまま点検手順になります。ソフトウェア開発では、完了条件をこの形式で書くのが標準です。

条件だけ

退職者が一覧に表示される

3点セット

前提:退職済みの従業員が1名いる
操作:管理者がその人を氏名で検索する
結果:一覧に表示され、状態が「退職」と出る

この形にすると、完了条件がそのまま確認手順になります。別に点検表を作る必要がなくなります。作業を任せる相手にも、この3点セットをそのまま渡せます。

正常系だけでなく、異常系と境界値を書く

ここが、経験のある書き手とそうでない書き手の差が最も出る箇所です。うまくいく場合だけを書いた仕様書は、半分しか書けていません。残り半分を書かないと、作業者が自分で決めます。

種別問い非コード案件での例
異常系該当しないとき、権限が無いとき、既にその状態のときはどうするか就業規則で、規定の対象者に該当しない人が出た場合の扱い
境界値0件のとき、1件のとき、極端に多いときはどうするか該当者が0人のとき/月の途中で入社し、同月に退社したとき
重複・同時2つ以上が同時に当てはまったらどうするか複数の手当の支給要件を同時に満たす場合、両方支給するか一方か

3種別それぞれについて、1つも書くことが無いという結論は稀です。思いつかない場合、まだ対象を具体的に想像できていません。第3章の群2(範囲)に戻ってください。

状態を持つものは、遷移表を作る

対象が「在籍・休職・退職」のように状態を持つ場合、取りうる状態を全部挙げ、どの状態からどの状態へ移れるかを表にします。

現在 \ 次在籍休職退職削除済
在籍不可
休職不可
退職不可
削除済不可不可不可

この表を作ると、必ず「?」の欄が出ます。退職者を在籍に戻せるか。誰も考えていなかった箇所です。書かないまま進めると、作業者が「たぶん可」で作ります。「?」が出た欄は、その場で決めるか、第6章の未決事項に移してください。

SECTION 08分けられる形にする

分割並列型を使う予定がある場合、仕様書の段階で対応しておきます。

仕様書が完成しても、そのままでは分割できないことがあります。原因は1つで、対象範囲が塊で書かれているためです。

分割できない

就業規則の全体を、最新法令に合わせて見直す

分割できる

就業規則のうち、第2章(服務)、第3章(労働時間)、第4章(賃金)、第6章(懲戒)を見直す。第1章・第5章は今回対象外

違いは、章番号で列挙されているかどうかだけです。右の書き方であれば、そのまま4担当に割り当てられます。左の書き方だと、分割の前に範囲を確定させる作業が別途発生します。

共通部分を先に洗い出す

分割する場合、担当をまたいで使われるものが必ずあります。用語の定義、書式、参照する数値、判断基準など。これらを仕様書の段階で洗い出し、7項目のうち「用語定義」に入れておいてください。

洗い出しの問いは1つです。「複数の担当が同じものを見る必要があるのは何か」。これに挙がったものが、分割並列型でいう土台担当の作業対象になります。

却下した案と、その理由を残す

採用した案だけを書くと、読んだ人が「もっと良い方法があるのでは」と考え、検討済みの案に戻ります。検討したが採用しなかった案を2〜3個、却下理由つきで書いてください。

検討したが採用しなかった案 ・案B:[内容]  却下理由:[なぜ採用しなかったか。1文] ・案C:[内容]  却下理由:[同上]

効果は2つあります。作業者が迂回するのを防げること。そして半年後に自分が読み返したとき、なぜこの形になったかを思い出せることです。

AIに作業を任せる場合、この欄が特に効きます。却下理由が書かれていないと、AIは良かれと思って却下済みの案を提案してきます。担当が複数あれば、その分だけ同じ提案が繰り返されます。

版と変更履歴を、仕様書自体に持たせる

仕様書は必ず変わります。担当ごとに違う版を見ている状態は、分割並列型では致命的です。土台担当が確定させた版を全担当が参照していることを、保証できなくなります。

変更履歴(仕様書の冒頭に置く) v1.2(3/14) 第4章の完了条件2件を追加(先方確認による) v1.1(3/8)  対象部署を3部署に確定(未決事項1件を解消) v1.0(3/1)  初版

担当への指示には、版番号まで書いて渡してください。「仕様書を見て」ではなく「仕様書 v1.2 を見て」と書く。版が上がったら、全担当に更新を伝え、影響がある箇所を名指しします。

ここまで済んだら、分割並列型の教材 第4章の4問に進んでください。仕様書ができている状態なら、問1と問2はほぼ確実に判定できます。

SECTION 09提出前チェックリスト

仕様書を確定させる前に、全項目を照合してください。

SECTION 10よくある失敗

失敗早い段階で現れる兆候対処
依頼者の言葉を要約して、意味が変わった 仕様書に、依頼者が使っていない語が出てくる 元の言葉に戻し、意味が分からない語はその場で聞く。要約は確定後にする
未決を空欄にした 未決事項の欄が0件、または内容だけで決定者が無い 第3章の群5を実施し直す。0件のまま進めない
完了条件が形容詞のまま残った 「判定者は誰か」に答えられない条件がある 第7章の3問で置き換える。答えられないものは削除する
仕様書に作業手順を書き込んだ 分量が想定の2倍を超えた 手順を削る。仕様書は「何ができたら終わりか」だけを書く
制約の根拠が分からないまま設計した 「なぜこの期限か」に答えられない 依頼者に時期を聞く。根拠が慣習なら、変更可能かを確認する
正常系だけ書いて、例外の扱いを書かなかった 完了条件がすべて「〜できる」で終わっている 第7章の3種別(異常系・境界値・重複)で洗い直す。作業者が自分で決めた箇所を全件確認する
担当ごとに違う版の仕様書を見ていた 指示に版番号を書かず「仕様書を見て」とだけ伝えた 版番号を付けて配り直し、差分を名指しで伝える。統合後に発覚した場合、影響範囲の特定に時間がかかる
仕様書を見せずに作業を始めた 依頼者の確認を「後でまとめて」にした 予防のみ。着手前に必ず見せる。この失敗は、作業が進むほど損失が大きくなる

最も損失が大きいのは最終行です。仕様書は、依頼者に見せて一致を確認した時点で初めて成立します。見せていない文書は、自分の理解のメモにすぎません。

社会保険労務士法人ミライズ労務コンサルティング
仕様書のつくり方 ── 依頼を受けた直後 に開く資料です。