「上げるべきか」ではなく「どこまで上げてよいか」── 多くの社長が本当に迷うのはここです。世間相場や社員の声に押されて言い値で昇給を決めると、固定費が静かに積み上がります。この記事では、賃上げの可否を感覚でなく労働分配率・人件費率・営業利益率という3つの物差しで判断する方法と、業種別の目安、そして原資の作り方を整理します。
最低賃金の継続的な引上げ、人手不足、物価上昇。中小企業をめぐる環境は、賃上げを「するか・しないか」の問題ではなく「どこまで・どうやって続けるか」の問題に変えました。問題は、その判断を勘と世間話で行ってしまうことにあります。
感覚で「もう少し上げてもいけそう」と決める前に、最低限おさえたい指標が3つあります。人件費率・労働分配率・営業利益率です。1つだけ見るのではなく、3つを並べて見ることで「あと何%なら無理がないか」の輪郭が見えてきます。
下表は、各指標のおおよその目安です。あくまで一般的な傾向であり、自社の適正値とは異なります。同じ業種でも事業モデル・地域・規模で大きく変わるため、必ず自社の決算数値で確認してください。
| 業種(例) | 人件費率の目安 | 労働分配率の目安 | 特徴・見方 |
|---|---|---|---|
| 製造業 | 15〜25% | 45〜60% | 設備・原材料費が大きく、人件費率は低めに出やすい。労働分配率で見るのが妥当。 |
| 建設業 | 15〜25% | 40〜60% | 外注比率が高いと売上比では軽く見えるが、粗利ベースでは重くなりやすい。 |
| 小売業 | 10〜20% | 40〜55% | 仕入が大きく粗利率が薄い。少しの賃上げでも分配率に効きやすい。 |
| サービス業 | 30〜50% | 50〜70% | 人がそのまま商品。もともと労働分配率が高く、賃上げ余地は慎重に見る。 |
「頑張ってくれているから」「辞められたら困るから」「みんな上げているから」。気持ちはわかります。しかし、その都度の感情や交渉で昇給を決めると、上がった給与は翌年も再来年も続く固定費になります。1回の判断が、何年分ものコストを生むのです。
労働分配率は会社全体の平均です。しかし実際の賃上げは「誰に・いくら」という個別の配分です。全体に余裕があっても、特定の部署や役割に偏って原資を使えば、ひずみが生まれます。そこで役立つのが、もう一段細かい視点です。
物差しで「あと少しは出せる」とわかっても、その原資が今のままの利益から出るとは限りません。賃上げを続けられる会社は、原資を「捻出する」のではなく「作る」発想を持っています。順番は、価格・粗利の見直しが先、配分は後です。
賃上げ・昇給の判断について、経営者の方からよくいただくご質問にお答えします。
A. 一律の正解はありません。業種・事業モデル・規模で適正帯は大きく変わり、一般的には40〜60%程度がよく見られるレンジですが、サービス業のように人が商品の業種では高めに出ます。重要なのは他社平均との比較よりも、自社の過去推移と利益計画に照らして「上がりすぎていないか」を見ることです。御社の数値での確認は人件費成績表で行えます。
A. 両方を組み合わせるのが基本です。生活の安定や採用力のために基本給を一定程度上げる一方、上げすぎは固定費を膨らませます。そこで業績に連動して原資が増減する賞与を併用し、好調時は手厚く、停滞時は自動的に縮む設計にしておくと、固定費爆発を防ぎやすくなります。配分の最適点は会社ごとに異なります。
A. 基本給の引下げ(降給・賃下げ)は労働契約法上の「不利益変更」にあたり、原則として労働者の合意が必要で、就業規則による変更にも合理性が求められます。安易な引下げはトラブルの原因になります。個別の状況により取り扱いは異なりますので、必ず専門家にご相談ください。だからこそ、上げる前に物差しで原資を見極め、変動部分(賞与)で調整余地を持っておくことをおすすめします。