労務費の価格転嫁|賃上げ原資をつくる交渉の進め方と取適法
2026年10月、愛知県の最低賃金は時給1,195円に上がります。1年で55円、率にして約4.8%の上昇です。賃上げを続けるための原資は、コスト削減だけではつくれません。人件費の上昇分を、取引価格に反映させる(価格転嫁する)ことが欠かせなくなっています。
本記事では、受注側の中小企業が労務費の上昇を価格に反映させるための公的なルール(労務費転嫁指針と、2026年1月施行の取適法)と、交渉の進め方を社会保険労務士が整理します。賃上げをどこまでしてよいかの判断は賃上げはどこまで上げてよい?で解説しています。
- ✓国の労務費転嫁指針は、発注者に「求められなくても定期的に協議する」ことなどを求めている。
- ✓2026年1月から取適法(改正下請法)が施行。協議に応じないまま代金を一方的に決めることが禁止された。
- ✓交渉の根拠は最低賃金の上昇率などの公表資料でよい。自社の原価の内訳まで開示する必要はない。
- ✓労務費が取引価格の40%なら、4.8%の賃上げに必要な値上げは約1.9%。まず自社の数字を出すことから。
なぜいま、価格転嫁が賃上げ対策の中心なのか
最低賃金は全国加重平均で1,177円(前年から56円)に上がり、愛知県は1,195円になります。人件費だけが上がり、売上と粗利が変わらなければ、労働分配率(人件費÷粗利)は自動的に上がります。
分配率が上がりすぎると、利益が削られ、翌年の賃上げや採用の余力がなくなります。コスト削減や生産性向上にも限界があるため、上がった労務費を取引価格に乗せることが、賃上げを続けるための現実的な手段になっています。自社の分配率がいまどの位置にあるかは、人件費4象限診断で確認できます。
労務費転嫁指針:12の行動指針
内閣官房と公正取引委員会は、2023年11月に「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」を定めました(2025年12月に取適法に合わせて改正)。発注者と受注者がそれぞれ取るべき行動を、12の行動指針として示しています。
| 立場 | 主な行動指針 |
|---|---|
| 発注者(6項目) | 経営トップが転嫁を受け入れる方針を決め、書面等で示す/受注者から求められなくても、定期的に協議の場を設ける/根拠資料を求めるなら公表資料に限り、それに基づく希望額を尊重する/サプライチェーン全体を意識する/協議の要請に応じ、要請したことを理由に不利益に扱わない/必要に応じて考え方を自ら提案する |
| 受注者(4項目) | 相談窓口を活用する/最低賃金の上昇率などの公表資料を根拠にする/交渉しやすい時期をとらえる/希望額を自ら提示する |
| 双方(2項目) | 定期的にコミュニケーションをとる/交渉の記録を作成し、双方で保管する |
取適法(2026年1月施行)で変わったこと
下請法が改正され、2026年1月1日から「中小受託取引適正化法」(取適法)になりました。「親事業者」は「委託事業者」に、「下請事業者」は「中小受託事業者」に呼び方が変わっています。主な変更点は次のとおりです。
| 変更点 | 内容 |
|---|---|
| 一方的な代金決定の禁止 | 中小受託事業者から協議を求められたのに応じない、または必要な説明をしないまま、代金を一方的に決めることを禁止 |
| 手形払の禁止 | 代金の手形払を禁止。電子記録債権などの支払手段も規制を強化 |
| 対象の拡大 | 資本金の基準に加え、従業員数の基準(製造委託等は300人、役務提供委託等は100人)を追加 |
| 特定運送委託の追加 | 発荷主が元請の運送事業者に運送を委託する取引を対象に追加 |
| 執行の強化 | 事業所管省庁にも指導・助言の権限を付与 |
運送業は「特定運送委託」が対象に
運送業では、これまで荷主から運送事業者への委託は下請法の対象外でした。取適法では、発荷主から元請の運送事業者への運送の委託(特定運送委託)が対象に加わりました。2024年問題で走れる時間が減り、ドライバーの賃金も上げなければならない運送事業者にとって、荷主との運賃交渉の後ろ盾になります。運送業の規制と賃金設計は運送業の労務・賃金設計にまとめています。
受注側の交渉5ステップ(計算例つき)
転嫁とあわせて使える支援
| 支援 | 概要(2026年9月時点) |
|---|---|
| 業務改善助成金 | 事業場内最低賃金を50円以上引き上げ、設備投資等を行う場合に助成。愛知県は申請・賃上げの期限が9月30日 |
| 中小企業省力化投資補助金 | 人手不足の解消に向けた省力化投資を補助。第8回の受付中(カタログ注文型は10月16日まで) |
| 賃上げ促進税制(中小企業向け) | 給与等支給額の増加に応じた税額控除。令和8年度も継続(教育訓練費の上乗せ措置は廃止)。適用は顧問税理士にご確認ください |
最低賃金の上昇が続くなか、賃上げの原資をつくるには、生産性の向上とあわせて労務費の価格転嫁が欠かせません。労務費転嫁指針は公表資料を根拠にした交渉を認めており、2026年1月施行の取適法は、協議に応じない一方的な代金決定を禁じました。自社の労務費比率を出し、根拠の式とともに希望額を示すことから始めましょう。
名古屋を拠点に、人件費の総額と労務費比率を給与データから算出し、賃上げ・価格交渉の根拠づくりまで支援しています。初回相談は無料です。
※本記事は2026年9月時点の公正取引委員会・内閣官房・厚生労働省・中小企業庁・財務省の公表資料にもとづく一般的な情報です。個別の取引が取適法の対象になるかは、資本金・従業員数・取引内容によって異なります。税務の取扱いは顧問税理士にご確認ください。